2020年10月01日

子供たちのピアノの練習についてのジレンマ

発表会からあっという間に2か月が経ちました。
凄まじい暑さの夏をなんとか乗り越え、急に秋を感じる気温になりましたが、この急激な変化に身体がついていかないのか、また身辺でいろいろとごたごたすることが多いせいか、眠りが上手くいかない日々が続いています。
そんな中でもなんとか休まずに、楽しくいいレッスンをしたいと頑張っているのですが、ついつい気持ちに抑えが利かなくなる時もあります…。

先日、練習がちょこっと(せいぜい20分ぐらい)しか出来ないとか、練習していても集中できずにすぐ嫌になって投げ出したり、適当に済ましてしまう、と嘆く親御さんたちとその生徒さんたちに向かって、「さっかくお金と時間をかけて習いに来たって、おうちで真面目に練習しないんだったら、お互いにお金も時間も無駄になる。私はお金のためだけにレッスンしたくないし、他にももっと一生懸命に練習してレッスンに来たいという人はいると思うから、私はそういう人たちに教えたい。そんなに練習が嫌ならやめたっていいんだよ!」というようなことを言って、怒ってしまいました。

本当にその子たちにやめてもらいたい、と思ったわけではないのです。
何年も教えている生徒さん達にはどなたにも、私なりに愛情を感じていて、やめていかれる時には、毎回身を引きちぎられるような辛い思いをするのです。

ただ、おうちで親御さんたちにもっときちんと練習するように言われてもケンカになるばかりで、親御さんたちも手を焼き、しまいにあきらめモードになって何も言えなくなりつつある子供たちに、普段は必死で怒りの虫を抑えて楽しくレッスンをしたいと思っている私も、つい話しているうちに溜まりに溜まっていた気持ちが、口からするっと飛び出てしまいました。
そして、その私の言葉を受けて、「そうか、もっと頑張らないと!」と、一生懸命練習しだしたという生徒さんもいれば、「自分なりに頑張っているのに先生にそんなことを言われたら、もうやめたい…」と言い出してしまった生徒さんもいて…。
「本当にやめてもらいたいと言ったつもりではないのだから、どうか気を取り直してやめないでもらいたい」と親御さんたちには伝えましたが、少ない時間しか取れなくても出来るだけ「心をこめて」練習してきてほしい、そして親御さんにはなんとかそれを諦めずにサポートしてほしい、というのが、私の偽らざる気持ちです。
先生としては、当たり前の要求だと思うのです。
どうか子供たちに私の真意が伝わり、ピアノを続けてくれるといいのだけれど…。

〜〜〜

こんな出来事を恥を忍んでブログに書くのも、コロナ禍ということもあり、本当に大切なものは何か、自分にも周りにもいつにも増して問いなおしたくなる気持になっているせいもあります。

コロナ禍でみんな大変でしょうから、練習ができていなくても怒らず、しばらくは手加減してのんびりとやっていこうかなと思ったりもしていました。
でも、本当に私は、こんな調子でピアノのレッスンをしていてよいのだろうか?
これからの社会はどんどん厳しくなっていくだろうし、ピアノなんて習うことのできない人も増えてくると思うのに、ピアノを習わせてもらっている幸せな子供達は、こんないい加減なことでいいのか?
ピアノを習わせたい親御さんと練習嫌いの子供たちがどうしたらよいのかは、永遠のテーマだと思いますが、そんなぜいたくな悩みも言っていられない日がもうすぐ来るかもしれないのに。(ちょっと悲観的過ぎるかもしれませんが。)
そして、私は、子供たちに教えていく中で、何を目指していくのか?
確固たる信念をもって、ぶれずにいないといけないのではないか…?

そこで、この際本音ついでに、いつも私が思っていることを書きたいと思います。

@今の子供達はとにかくみんな忙しすぎる。
低、中学年のうちからピアノ以外のお稽古事や塾を一杯入れてしまい、友達と自由に遊んだり、身体を動かすことも少なすぎる。
高学年になれば、放課後は部活もあるし、下手をすれば中学受験もある。
常に親や教師に指示されてばかりいる。
そんな中で、子供たちが自発的に考えて行動したり、豊かな感性や本当の理解力を伸ばすことはできないだろう。
もちろんピアノにも、十分な時間をかけて、落ち着いて向かうことは難しいだろう。

A親御さんも、共働きなどで時間的にも余裕がない方が多く、そういう中では叱らずに落ち着いて子供たちの練習に声掛けをするのは、難しいことも多いことだろう。
その上、レッスン室についていらしても、子供がどんな風にレッスンを受けているか、また教師が何をどんな風に教えているか、見ていても退屈なのだろうか、スマホばかり見ている親御さんもいる。
インターネットに欲しい情報が何でもあふれ、SNSのコミュニケーションが全盛の世の中で、スマホを見ないようにするのも難しいだろうだが、ついつい見すぎて疲れてしまうのではないだろうか?
(私自身も見始めるとつい長時間になりがちで、後で非常に疲れてしまうことが分かっているので、極力気をつけているのだ。)
親御さんが疲れていたら、きっと子供たちと落ち着いてコミュニケーションなど取れないだろう。
今の子供たちの心の落ち着きのなさ、折れたり切れたりしやすい心は、そんなことも原因しているような気がするのだけれど…。

B逆に、とても熱心な親御さんや教師たちは、かなり幼いころから子供たちをコンクールに参加させたがるが、果たしてそれでよいのだろうか?
コンクールでいい点を取るためには、とにかく完成度を上げなくてはならないため、どうしてもそのための指導になってしまうし、親御さんも教師も受かってほしいので、ひたすら子供に教え込み、追い込むことになりがちだ。
本当にピアノや音楽の道に進みたいという子供なら、そういう試練や競争も必要かもしれないが、コンクールに受かるために練習するのではなく、音楽の楽しさや美しさ、喜びを感じながら、少しずつ理解し上達していくことはできないだろうか?
(しかし、それには子供たちの感性が生き生きと開かれていることが不可欠だが、@、Aの状況下ではそれも難しいのかもしれない。
そういう状況の中で、みんなの競争心をあおり、なんとか練習へのモチベーションを上げるために、コンクールというものが流行りだしたのだろうか?)
とにかく子供に対して、親や教師の側が期待をかけすぎるのは、よくないように思う。
(私も、本人が弾いてみたいという場合は別にして、こちらから子供たちに与える曲のレベルが難しすぎないように、くれぐれも気をつけないといけないと思う。)

〜〜〜

こうした自分の力だけではどうすることもできないジレンマを抱えつつ、日々レッスンをしています。

そんな中、私なりに生徒さんたちのモチベーションを上げるために、冬恒例の勉強会を企画中。
いつものアットホームな空間でアンサンブルを主体とする勉強会からは趣向を変えて、かなり広いホールで思いっきりピアノを弾いてみる機会にしようかと思っています。
コロナ禍でもあり、いろいろな考えの方もいらっしゃると思うので、参加希望者のみで。

最後に、この夏の終わりの夕暮れにうちの庭で遭遇したセミの脱皮の写真を。
途中、セミの羽の色の変わっていく様子は、レッスン中だったため撮影できませんでしたが、レッスン後の夜8時過ぎにもう一度庭に出て様子を見ると、そこにはすっかり生まれ変わった茶色い立派なセミがいました。
私自身生まれて初めて見たので、非常に感動し、何人かの子供達にもレッスンの時に見せたりしました。

セミは1週間もしたら死んでしまう。
人間の一生は、それに比べればずいぶんと長いけれど、それでも結構あっという間の気がしています。
私も、もう一段階脱皮して、大空に飛び立ちたいような気分の、今日この頃です。


セミの脱皮1.JPGセミの脱皮2.JPGセミの脱皮3.JPGセミの脱皮4.JPGセミの脱皮(完了).JPG











posted by ゆうこさん at 04:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月28日

「ピアノの会ルンデ 2020 演奏会」無事終了! 

1年ぶりのブログとなってしまいましたが、5日ほど前の7月22日水曜日、私の教室の発表会、「ピアノの会ルンデ 2020演奏会」が、無事終了いたしました。
昨日ようやく、17人の子供の生徒さんたちに、次の宿題を出すメールを書き終え、ほっとしたところです。
(発表会が終わってから1週間はレッスンをお休みにしているのですが、毎年のことながら、この宿題メールが結構な大仕事で、これを終えてやっとお役目終了の気分になれるのです。)

それにしても、今回の発表会は、無事に開催できるかと最後までハラハラしました…。

ホールの予約抽選会のあった1月には、全く想像だにしなかった新型コロナウイルスの出現と世界中での感染拡大。発表会が終わって2日後にはオリンピックの開会式をのんびり観よう、などと思っていたのに、オリンピックどころか、世の中はコロナ一色に変わってしまいました。

3月初旬頃から、「この先、世の中は一体どうなるのだろう、レッスンはいつまでしていてよいのだろう」という不安が募っていき、4月の緊急事態宣言が出る1週間前ぐらいになって、仕方なくインターネットでオンラインレッスンのやり方を調べ、急ぎマイクとスタンドなど購入、その後外出自粛の生活が始まるとすぐに、私の教室はオンラインレッスンに切り替えました。

その時点で、生徒の皆さんには、発表会は予定通り開催するつもりである旨、宣言をしました。
すでに長期の休校が続き、レッスンもオンラインになってしまった子供たちにとって、発表会という目標もなくなってしまったら、練習のモチベーションも大きく下がり、ピアノへの意欲さえ失われてしまいかねないと思ったからです。
生徒さんや保護者の方からは、「発表会を開催していただけるのはありがたい」という声とともに、「先生、本当に発表会開けるの〜?」とか、「先生がどんなに感染防止対策を頑張っても、やっぱりコロナが心配なので、発表会には参加しません。」という声もありました。
でも、生徒同士での連弾や集合写真はなしの方がよさそうだけれど、ホールは十分に広いし、3部形式にして人数制限をすれば密になる危険は避けられ、学校がある子供たちも間に合うようにスケジュールが組めそうなこと、最悪の場合は本人と保護者の方だけ入る形にしてビデオ撮影して後日全員に配るという方法もとれること、そして、今頑張って自粛生活を続ければ感染拡大も減って、また夏以降、第2波と呼ばれる感染拡大も始まるとしても、7月22日ならきっとその谷間にあって開催できるのではないか、など楽観的な予想も立てつつ、発表会という目標を掲げ続けることにしました。

オンラインレッスン仕様.jpg
オンラインレッスン仕様のレッスン室 

急遽導入したスカイプでのオンラインレッスンについては、思っていたよりも音の細かいニュアンスまで聞き取れるし、おうちにいながら慣れたピアノでレッスンを受けるためか、画面の端に自分の姿が映ったり画面越しにレッスンを受けるするのが面白いのか、いつもよりリラックスしたり集中できるお子さんもいて、最初のうちは、「オンラインレッスン、そんなに悪くないじゃない」と思いました。
また、生徒さんのいつも練習しているピアノがどんなピアノなのか(すごく古く傷んだアップライトや消音装置をいっぱいつけているグランドピアノもあり)、電子ピアノの場合は音量設定の仕方(弱めに設定してガンガンたたいているとか)、お部屋の響き方(わんわんに響きすぎるお部屋とか)、椅子の高さ(低すぎる、高すぎるとか)など、生徒さんの普段の練習環境が初めてよく分かりました。
また、よりきちんと音質などを把握するために、上級生の生徒さんには毎回レッスン前日の夜までにビデオで自分の演奏を撮って送ってもらい、事前にチェックするという形を取ったので、生徒さんも自分の演奏をよりシビアに客観的に聴く機会ができ、これはとても勉強になるだろうと思いました。
私は私で、レッスンまでにそれをチェックし、注意事項を自分用に用意した楽譜に書き留め、レッスンでどういう風に指導しようかと考えを練ることもできました。
低学年の生徒さんには、いつもはレッスンの最後に歌う子供の歌の音源を自分で弾き歌いして送ったり(ところが、これが一夜漬けでは納得できるものが全く出来ないことを痛感!)、また生徒さんからはテンポで弾けるようになった曲や歌の練習を録画しておくってもらうなどしました。
生徒さんが使用している楽譜や伴奏付けや歌の楽譜など、必要なものはその都度スキャンして、相互にメール添付で送り合うことにしました。

こうしてオンラインレッスンを張り切って始めたのですが、実際にやってみると、結局いつものレッスンの倍以上の時間がかかるし、ブルーライトの画面に映る生徒さんの指先を一生懸命凝視したり、Bluetoothでつないだ電子ピアノのスピーカーから出る電気音になった生徒さんの音をずっと聞いていることは、あまり快くも楽しくないし、非常に疲れるものだということが分かってきました。
5月を過ぎた頃には、早くも私は、「早く対面でのレッスンが出来ないかな」と思うようになり、休みの時間は自分の練習をする気も起こらず、庭に出てちょうどその頃見ごろを迎えたバラの花を眺めて心を慰めたり、横になって新聞や本を読むぐらいしかできないぐらい疲れ果てた感じになっておりました。

ガートルードジェキル、ジギタリスなど.jpg
我が家に来て2年目のばら、ガートルードジェキルが咲き始めた5月初旬。ジギタリス、オルレア、クレマチスと一緒になると、がぜん華やかなイングリッシュガーデンぽくなって、テンションが上がった。この頃の唯一の慰め。

生徒の皆さんも親御さんも、毎回レッスンに合わせて動画を撮ったりメールで送ったりするのは大変だったろうと思いますし、きっとその頃には長い自粛生活のストレスもかなり溜まっていたことでしょう。
また、譜読みを進めている段階ではまだ良かったのですが、実際に音色や表情、ディナーミクの変化ということを練習し始めた頃からは、オンラインレッスンの難しさや限界を感じ始めた方もいたのではないかと思います。
私も、6月に対面レッスンを再開して、実際の音を聞いた時には、「こんなに音が小さくなってたの?」とか、「こんなタッチや音色になってたのか〜」と、驚くことになりました。
(ですから私の結論としては、オンラインレッスンは基本的にはNG。本当に非常時だけ、あるいは、生徒さんからのご希望がありやむをえない場合だけにしたいと思います。)
それでも、久しぶりに生徒さん達がうちにいらして生の音を聴いたときは、言葉に言い表せないような感動が私の心に溢れてきたのを覚えています。
私自身も、オンラインレッスンから解放されると、まただんだんとピアノに向かえるようになりました。
日々のレッスンは大変ですが、生徒さんたちの生の音を聴き、またお会いして言葉を交わしたりする中で、どれだけ私の方がエネルギーを頂いているのか、と改めて思い知らされました。
その後は、オンラインレッスンを受けてなかった生徒さんも戻っていらして、相変わらず皆さんいろいろとストレスのある生活の中でしたが、発表会に向けてどんどん頑張って進んで行けたと思います。
学校がお休みだったり、連弾がなかったせいか、その分練習がいつもよりたくさんできた生徒さんたちは、譜読みのペースも例年より早く、暗譜もわりと難なく出来ました。

7月に入ってから、東京の感染者数がどんどん増え、生徒さんが通っている教育施設やスイングホールのある武蔵境駅周辺のいくつかのお店でも感染者が出たという情報が耳に入ってくると、発表会が無事開催できるのか、開催してよいものかと、またしても不安になってきました。
でも、ここまで頑張って練習を重ねてきた生徒さんに発表会中止はあまりにもかわいそうだし、延期するといったっていつにすればよいのか全く分からない状況の中、1週間前まで連日テレビの情報を聞いて様子を見て、ようやく開催決行という決断をしました。
それからプログラムの印刷を始めたのですが、今度は印刷機の調子がなんだか悪く、原因究明に時間がかかったり、途中で何度もインクが足りなくなったりして、プログラムの印刷と製本が前日までかかってしまいました。
同時に、生徒さんたちの曲のレベルも年々上がっているため、最後の1、2週間ぐらいはレッスン時間もかなり増え、大変でした。

しかし、このような様々な苦労も、当日の生徒さん皆さんの演奏によって、全て報われた気がしています!
大人の生徒さん達の熱意や心のこもった演奏、小さなお子さんたちのかわいらしい姿やまだ不完全だけれど素直な演奏、そして高学年の生徒さんたちの様々な個性や練習の成果が発揮された演奏、どの生徒さんにも成長が感じられ、充実した会になりました。
今回はこのような状況だったため、お客様は基本的に保護者やご家族の方だけにして、お友達など外部の方はお呼びしなかったのですが、お聴き下さった方々からは、「生徒さんたちのいつにも増しての熱演に胸打たれた」、「久しぶりに聴きましたが、やっぱり生の音はいいですね」、「皆さんの熱意や想いが伝わってきた」、「生徒さんの素晴らしい演奏をきくことができて希望や勇気をもらえた」とのご感想を頂きました。
生徒の皆さんも、ホールという広々とした空間で、スタインウェイのフルコンを弾き、少ないとはいえお客様にも聴いていただけたことは、何にも代えがたい経験だったと思いますし、それぞれに充実感や達成感を感じることができたようです。
今はただ、発表会を無事開催出来て、本当に良かったと思っています。

そして、私も1か月前ぐらいに心を決め、アンコールとしてラフマニノフのプレリュード ニ長調 Op.23-4を弾かせて頂くことにしました。
生徒さんたちの生の音を聴いているうちに、自分もこの機会にやっぱり何か弾きたくなってしまったのと、中2から高1の生徒さんが月光ソナタ全楽章、ショパンのバラード1番、プロコフィエフの2番のソナタ1、4楽章と、緊張感が高くドラマティックな大曲を並べて弾くことになったので、(みんな小学校3,4年生ぐらいからレッスンしてきて、ここまで来たことに感無量!)、最後に少し静かなきれいな曲があったほうがいいのでは、と思ったためです。
練習している時には、昔ウィーンで大好きなラフマニノフの2番の協奏曲を勉強していた頃のことや師事した2人のロシア人の先生のことなどいろいろな想い出もよみがえってきて、またこのコロナの状況とも相まって感情が高ぶり、弾いていて涙が出てくることもしばしばありました。
本番でも気持ちを込めてもっと納得できる演奏がしたかったのですが、やはり当日は休むことなくリハーサルと本番が続き、生徒さんのことに非常に集中していたため、自分が弾く時にはすっかり頭も体も疲れ切ってしまっていて、もういつものようには動かない状態でした。
(マラソンでもした後に弾く感じ、といったらいいのか…。)
こうなることは想定できていたわけで、毎年似たような反省を繰り返していて自分でも本当にバカだなと思うのですが、それでも今回はやっぱり弾きたかったのですから、仕方ありません…。
次回からは、リハーサルを別日にするか、自分が弾くのは諦めようと思います。
(ここで宣言しておきます。)

それにしても、終わってから、生徒の皆さんもみんなまた頑張ろう!と、次への意欲が溢れているようですし、発表会の威力はやっぱり凄いです。
コロナ禍のせいか、時々私は全てから逃げ出して山の中にでも引き籠りたくなるのですが、それはやっぱり止めにして、これからもできる限り一生懸命にレッスンをし、自分もまた練習を続け、いつか良い形でホールで弾きたいなと思います。

今回の発表会を通じて、やっぱり音楽は人の心になくてはならないもの、希望や力を与えるものであると、改めて実感することが出来ました。
そして世の中はいろいろなものが全て混然一体となって支え合って成り立っていること、地球環境の保護の大切さなど、いろいろなことを思い知らせてくれたという意味では、コロナ禍も全く無駄にはならないと思いたいですが、今はただ、とにかくコロナから波及する様々な被害がこれ以上ひどいことにならないことを祈るばかりです。
一日も早く穏やかな普通の生活が戻ってきますように、そして生の音楽を何気兼ねなく楽しめる日が来ますように…!


posted by ゆうこさん at 03:03| Comment(0) | コンサート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月12日

「ピアノの会 ルンデ 2019 演奏会」のお知らせ

今年の梅雨は、本当に毎日どんよりとした曇り空の日が続いて、太陽の光を浴びれる日が待ち遠しいほどですが、
皆様お元気でお過ごしでしょうか?

さて、また発表会の日が近づいてまいりました。
4月中旬ごろから、早め早めを心がけて準備してきたつもりですが、あっという間にもう2週間前です。

今年は、新しい小さな生徒さん(男の子お2人!)を含め子供が19名、大人が、大学生や私を含め7名、演奏致します。
皆さんそれぞれが好みに応じて選んで、一生懸命練習してきたプログラム、
是非お聴きいただければと思います。

チラシ2019演奏会.jpg

「ピアノの会 ルンデ 2018 演奏会」

【日時】2019年7月26日(金)開場…16:15

    第1部(子供の部)…16時半 開演
    第2部(大人の部)…20時 開演

【会場】武蔵野スイングホール
   (JR武蔵境駅北口、又はNONOWA口より徒歩1,2分)
 
    入場無料




子供の生徒さんたちは、基本的に1人2曲(長い曲は1曲)を弾くことにしているので、曲目も盛りだくさんです。
バッハからラヴェルまでのクラシックのピアノ作品を中心に、今年は子供たちが大好きなアニメの挿入曲やバレエ音楽、流行歌などの編曲ものも多く演奏されます。
弾きたい曲を選んだものの、譜読みに苦労された生徒さんも多く、練習もレッスンも大変でしたが、あと2週間で出来る限り仕上げていきたいと思っています。

希望者による連弾では、今年は幼稚園年長から小学校3年生の生徒さんたちのご兄弟(姉妹)による連弾が、4組もあります。
それぞれに頑張って練習中で、ほほえましく楽しい演奏が期待できそうです。

子供の部の最後を締めくくるべく、高学年の生徒さん達で毎年一つの組曲に取り組んでいる連弾では、今年は、夏らしくカラフルな、フランス近現代のミヨー作曲の「スカラムーシュ」を取り上げることにしました。

この曲は、元々2台ピアノの作品で、サキソフォーンとピアノなどへの編曲は有名ですが、調べたところ4手連弾用の楽譜がなく、
それでもどうしてもやってみたくなってしまい、今回頑張って自分で編曲してみました。
(そのため、ゴールデンウィークは、ひたすらそれらの編曲作業に追われてしまったのですが…。)
「難しすぎたら、少し音を削るから…」といいながらも、結局原曲の音をかなり欲張って残したために、小学5年生を含む生徒さんたちにとっては、結構難しいものになってしまったかもしれません。
でも、皆さん頑張って譜読みを終えて、合わせの仕上げに入っています。
私も、3曲目の「ブラジレイラ」の第2ピアノで演奏参加します。
楽しくノリの良いサンバのリズムで、第1部の終わりを盛り上げられたらと思っております。

後半の大人の部では、ベートーヴェン「悲愴ソナタ」(抜粋)、シューマン「幻想小曲集」(抜粋)、ショパン「スケルツォ2番」、リスト「愛の夢」、フォーレ「ノクターン1&6番」、スクリャービン「プレリュード」(抜粋)と、名曲がずらっと並びました。
それぞれになかなか大変な作品ですが、勉強会などで緊張して弾く練習も経て、現在皆さん頑張って練習の追い込みにかかっていらっしゃいます。

〜〜〜

今回は、私も大人の部の最後に、フォーレのノクターン6番を演奏させていただくことにしました。
大人の生徒さんが、曲決めの際に「大好きな曲」として候補に挙げて下さるまで、お恥ずかしながら、私はこの名曲をきちんと知らなかったのです。

フォーレといえば、フルートやヴァイオリンの小品や初期の歌曲、「レクイエム」、「ドリー組曲」などは、高校、大学時代から大好きでしたが、その当時はそれ以上深く知るには至らず、そしてウィーンに留学中は、音大でもコンサートでもフォーレの作品そのものを聴くことが全くなく、(合唱曲をちょっとやったくらい、それもとてもいい曲だったのですが)、フォーレのピアノ曲と出会う機会がありませんでした。

今回、フォーレのピアノ作品をやっと聴き始めて、確かに地味で分かりにくい部分も多々あり、なかなか広く親しまれることは難しいのかもしれないとも思いました。
しかし、その中でもノクターン6番は、是非多くの人に知っていただきたいと思うような、本当に素晴らしい作品です。
そこで、子供の生徒さんには、ちょっと聴くのが難しいかもしれない…と思いながらも、あえて自分の今一番弾きたい曲ということで、この曲を弾くことにしました。
プログラムでのコメントにも書いたのですが、いつしか半世紀を生きてしまい、何か言いようのない不安や焦りも感じていた私に、心の平安を与えてくれた、といっても過言ではないほど、この曲には魂を癒してくれるような力も感じているのです…。

以下、少々長々とした引用になりますが、

「冒頭で歌われる息の長い主題は、青年の情熱が深遠な響きに変化した、フォーレの最も感動的な旋律の一つである。これほど現実感からかけ離れた作品はほかにあまり例を見ず、聞き手は演奏が始まるや否や時間と空間の意識を失う。…」(ネクトゥー「フォーレ評伝−明暗の響き」より)

「プロローグの部分は、言いようのない曖昧模糊とした神秘性と不在の存在感に包まれている。」

「絶望的なほど潤いのない今日においては、魅力についてや、音楽が各人の心に親しく語りかけることについて論じられるようなことは、ほとんどと言っていいほどあり得なくなってしまった。だが、真実は不変なのだ…。たとえば、『夜想曲第6番』の長大な旋律だが、これはまるで友人のように、すぐさま心情に訴えかけてくるのである。…」(ジャンケレヴィッチ 「フォーレ 言葉では言い表し得ないもの…」より)

…などなど、素晴らしい言葉でこの作品が語られているように、まさに私も感じたのでした。
ただし、これを実際に演奏で表わすことは、そう簡単なことではないのだ、ということに、今さらながら気がついたところです。(汗)
どうかこの作品の素晴らしさが少しでも伝わる演奏が出来たら、と願って、あと2週間準備したいと思います。

〜〜〜

お時間のおありの方、ご興味のおありの方、どうぞお聴き下さい!



posted by ゆうこさん at 01:14| Comment(0) | コンサート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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